あと一手

もう数年前のこととなってしまったが、チェス上級者をあと一手まで追い詰めたことがある。

まだ大学院の学生だった頃の話で、たまたま同じ研究会に参加していたイギリス人がチェスに精通しているということでリクリエーションでその力を披露していた。

 私が観戦していた一局では既に彼のイギリス人は巧者だということが判明しており、挑戦者は諦め模様であった。

それまでの数局を見てチェスでの駒運びをいくらか覚えた私は、単純な好奇心から横槍を入れてしまった。

ナイト、ポーン、ビショップ、クイーンとたった一つ空いた穴を攻め立てて、あと一手でチェックメイトのところまで攻め立てることができた。

無論、彼の上級者を落とすまでには至らず、私の攻めは徒労に終わってしまった。私と同じく観戦していた研究者等がその手もあるのかと感嘆してくれたのは嬉しかったし、次の対戦者に私を指名してくれたのも誇らしかった。

しかし、次の対局では全く話にならず惨敗してしまった。

なんのことはない。彼はこれまでの対局で手を抜いていただけだった。

私の何気ない一手に対して、熟考に熟考を重ねた上で無難な手を打つという戦略をとったのである。一方の私は数局前までは素人で彼の攻め方を真似ただけであったのだ。

結果は言うまでもないが、どうもこのあたりができる人間とできない人間の差のように思えてならない。

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